論文の書き方・実践編
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2008年12月14日 (日) 03:18の版
論文の書き方・実践編
目次 |
結論とは何か、命題とは何か
論文とは、結論を持った文章でなくてはなりません。結論に同意するよう説得し、その結論を守り抜くように構成された、ひとまとまりの文章が、論文です。
結論は、命題でなくてはなりません。命題とは、(科学的な手続きで)真偽を判定できる文章を言います。
命題を直接証明できなくても、その命題に反する証拠が挙がれば、科学的な手続きにより命題を否定できる場合があります。このことを反証可能性といいます。
論文の結論は、実証不可能ではあっても、少なくとも反証可能性を持つべきです。
何々が重要である、という文章は、重要であることを反証する手続きが明確ではないので、それだけでは論文の結論として不適切です。
論文の結論は、複数の命題になったとしても、互いに密接な連関を持っている必要があります。
バラバラな文章を無理にまとめて規定枚数を満たした論文は、ひとつひとつの部分について分析の深みがないことになります。
論文には短い概要(アブストラクト)をつけることがよく求められます。短くまとめてみると、その文章に明確な結論があるかどうかがよく分かります。
論文は、人に読んでもらうものであり、人が読むものです。
論文のどの部分も、結論を支持し、読者を説得する目的に貢献していなければなりません。どうでもいい部分は読者を疲れさせ、不機嫌にします。
上記の観点から、論文における内容の繰り返し・重複は原則的に避けるべきです。
読者はあなたの関心や苦労に、それほど興味を持っているわけではありません。書き手として、読者を恐れる心を持ちましょう。
論文の標準的な構成
論文は、分野によって順序はこれと異なっている場合がありますが、たいてい次のような要素を含みます。以下に挙げる順序は、いわゆる近代経済学でよく見られるものです。
- (1)研究の動機や意義
- (2)このテーマに関する学説史や基礎知識
- (3)分析
- 仮説を立て検証するステップの連鎖として構成するのが(近代経済学では)普通です。
- 時間の進行や地域割りなど別のルールを優先して、仮説をひとつずつ検討するような構成になっていないこともあります。
- 読者を説得するために、構成を工夫して下さい。読者の視点がなく、筆者の作業手順をそのまま反映した構成は、悪印象を与えます。
- (4)結論
- (5)参照文献一覧
論文を書く一般的な手順
ひとつの仮説が正しいかどうか検証する記述が、分析の基本的な単位になります。これがいくつも連なって、分析の幅と深みを作り出します。
仮説を検証するひとつのステップを終えて、次のステップにつなぐには、例えば次のようにします。
- (1)正しくない仮説を修正し、別の仮説を試す。
- 例「大都市より地方の方が飲食料品小売店の減少率が高い、という仮説は統計から見ると正しくない。では零細小売店の減少要因として、別の理由を考えてみよう・・・」
- (2)仮説を拡張する。
- 例「他の業種では? 外国では? 中小企業一般では?」
- (3)一般には正しくない仮説を、場合分けしてみる。ある条件の下では仮説は成り立つかもしれない。
- 例「飲食料品小売店の減少率が、著しく大きい地域はないか?」
分析作業の手順(方法論)を早期に、着実に、複数身につけることが重要です。
理論分析、計量分析、シミュレーションなど、仮説の真偽を判断する手続きは様々です。
これらは分析のツールですから、応用できるところまで身につけなければいけません。概念を理解しているだけでは役に立ちません。
ただし、実際に使ってみないと身につかないことはたくさんあります。「まず書き始める」という姿勢も重要です。
結果的に使わないツールも出て、ある程度の無駄が生じますが、ひとつの方法論しか知らないと、あなたが分析に入ったあとの選択肢が狭くなります。
分析を行った順序と、それを論文に書く順序を一致させる必要はありません。
ぎりぎりまで分析作業をしていて、それをまとめるのに十分な時間を残していないと、読みやすい構成の検討に割く時間がなくなります。
論文や教科書への接し方
速読と熟読の両方が出来るようにしましょう。
読みきるべき本や論文と、要旨だけ理解しておけばよい本や論文を短時間で振り分ける訓練をしましょう。
その分野の論文を多く読み、その分野の「話し方」に慣れることは、決定的に重要です。
部分的に(引用などの形で)論文に使えそうな文献は、あとでもう一度見つけやすいように、書誌情報を控えておきましょう。
今読んでいる本や論文と、自分の論文の関連を、常に考えましょう。論文により貢献しそうな文献に、より多くの時間を振り向けるように工夫しましょう。
時間が先になくなる人と、気力が先になくなる人がいますが、どちらも有限です。
基本概念が分かっていないからと、同じ分野の教科書を何冊も読む人がいます。学問の基本概念はどうせ2年では分かりません。他の本を読みましょう。
買えるものは買って済ませた方が良い場合があります。
才能も財力も平等に配分されているわけではありません。自分の持っているものは最大限に、後悔のないように使いましょう。
資料をいつでも使える形に整理するのは大切ですが、手間に見合った効果が期待できるか考えましょう。
学術論文においては、そのテーマについて知られている文献は、すべて知っているというのがタテマエです。
修士論文のテーマがみんな狭くなるひとつの理由は、2年間でひととおりの研究蓄積を知ることのできる範囲が、ひどく狭いものであるためです。
なりふりかまわない乱読は、研究のある段階では必要であり、有効です。
ひとつの参照文献から、そのまた参照文献をたどって基本文献を見つけるイモヅル式の検索は、指導教官から指示されるまでもなく必ず行っておきましょう。
自分の頭の中に、通説の引き出しをたくさん作りましょう。何かを否定したり修正したりすることは、まる ごと作るより楽です。テーマの種を貯えましょう。
テーマが文献を決め、文献がテーマを決めます。
テーマを狭く選びすぎると先行文献や基礎資料が少なくなり、広く選びすぎるとフォローしきれなくなります。
テーマを自分で考えるのに時間をかけすぎると、文献を吸収する時間が取れなくなります。
文献や資料の数を読んで、文献を捨てたり拾ったりしながらテーマを考える方が、材料もなく考え込むより、多くの場合能率的です。
自分が論文を書く分野の基礎概念・基礎用語を正しく理解し、正しく使えるように心がけましょう。
分野にもよりますが、学術用語とその日常会話での意味がずれている場合があります。論文では学術用語としてそうした言葉を使わなければなりません。
- 例 マクロ経済学や国民経済計算において、小売店の売れ残りは在庫投資という名前で投資に数えられます。
一旦論文執筆にかかると、短期間のうちに長い文章を書かなければなりません。それから用語の意味を確認する余裕はないし、後で修正することは困難です。
プロジェクト管理
アウトラインを書きましょう。アウトラインで考えましょう。
いきなり論文を書き始めるのでなく、短い箇条書きのメモを書き、構成について考えましょう。
アウトラインは1ページ(一度に目に入る長さ)に抑えましょう。それ以上になったら階層化して別のページに送りましょう。
大きな問題は、階層化して少しずつ処理しましょう。
分析を細分化して、どこまで終わっているのか、自分ではっきりさせましょう。少しでも完成した部分があると、達成感が増し、不安感が和らぎます。
何も達成できない日々が続いたときは、問題をもっと細分化した方がいいかもしれません。
分析結果をだらだら順々に書いたノートの他に、仮説と検証結果だけを簡潔に書いた管理用のノートを作りましょう。このとき仮説と検証プロセスに連番を振っておくと、分析がとにかく進んでいることが実感できます。
ノートを取りながら文献を読むことは有効です。この場合も、自分の論文と関連付けられそうな内容を別のノートに書き出すと、扱いやすくなります。
書き始めましょう。とにかく。いますぐ。なんでも。
書き始めは誰でも恐いものです。それを克服しましょう。
「こわい」と正直に書くだけでも前進です。
草稿は間違いだらけでもかまいません。後で直せばいいのです。
もし嘘を書くことが気になるなら、「以下の内容は嘘である」とでも文頭に書きましょう。
- 指導教官に見せる前に消しましょう。
手書きには不思議な力があります。
- ワープロやパソコンよりも、手書きの方が気楽に書けることがあります。気分が落ち着いたら、必要に応じ入力すればいいでしょう。
パソコン歴17年の筆者ですら、初期のメモやアウトラインはほとんど手書きします。
書き進んでゆくと、横道からの誘惑の声が聞こえてきます。
作業が進んで理解が深まっていくと、いろいろなことを思い付き始めます。これは論文に幅と深みを与える反面、作業を遅らせます。
現在の作業とは直接つながらないが、途中で思い付いたことを書き留めるノートを作っておくとよいでしょう。次の論文を書くために役に立つかもしれません。
逆算スケジュール表
修士課程の時間が限られていることを示すために、論文執筆のスケジュールを〆切日から逆算して書いてみましょう。それぞれの日付に続く項目は、その日付より後に残っている仕事です。
- (1)締切1ヶ月前 原稿完成
- 形式上の不備・全体の構成につき指導教官と協議のうえ修正
- 注の連番、図表の連番、参照文献の書誌情報の確認と補足訂正
- 誤字脱字、誤変換のチェック
- これらの作業は重苦しく、思わぬ時間を食うことが多いので、気力と時間を残しておかなければならない
- (2)締切3ヶ月前 論旨の確定
- 論理的破綻のチェック(場合分けの欠落、前後で矛盾した主張など)
- 関連文献の再検索(自分の論文を学問の流れの中で位置づける)
- これ以降の発見を論文に加えると、論文全体の整合性のチェックが及ばない場合があるので避けた方がよい
- (3)締切6ヶ月前 目次完成
- 当面の作業計画が立っていなければならない
- 作業仮説と、それを検証する方法論を持ち、検証作業に入っていること
- 実証研究・歴史研究の場合、データソースを確保していること
- 特定の仮説の当否の判断に絞り込んだ、実質的な分析作業
- (4)締切1年前 題名の確定 予備研究段階に入る
- 特定の問題に役に立ちそうな論文・資料を集中的に集め、その分野についての一般的な知識を得る
- いくつかの仮説を検証してみて、論文で使う(見込みの)方法論に、実践により習熟する
- (5)1年生の夏休み前 自分の無力を自覚して危機感を持つ
- 現在の勉強のペースを覚える
- 周囲へのしわ寄せが度重なっていない現在は、周囲の理解もまだあり、自分の気も張っている→間際になってもこのペース以上ではがんばれない
- 通説、データ、方法論について、手当たり次第に吸収する
- ひとつひとつに時間をかけすぎないこと
どんなテーマを選んだら良いのか?
- (1)狭すぎず広すぎず
重要だからといって、大きすぎるテーマでは研究者の技量を示せません。世界を救うのは修了後でも遅くはありません。
修士論文は、プロとしての資格を審査する論文としての性格を持っています。重要な話題を扱い、「誤っているとは言えない」論文は、それだけでは不十分です。
- (2)背丈に合った方法論
基礎学力を積み上げなければ身につかない方法論もあります。2年間では基礎学力を身につけ、具体的な問題を解くのに間に合わない場合もあります。
幸か不幸か、昨今の大学院入試事情では、入学者の基礎学力のレベルは様々です。一旦入ってしまったら、手の届くレベルで一度論文をまとめておく方が前向きです。
問題意識が明確であれば、折れ線グラフや散布図でも、人を説得することは可能です。
- (3)自分の人生を全部使う
社会人経験がある人の場合、自分の経験を全部捨てて大学院で生まれ変わろうとすることは、多くの場合得策ではありません。
社会人としての経験を活かす利点を捨てて、時間が不自由であるというハンディだけを受け入れたのでは、フルタイムの院生と対等に競争できません。
違った分野やテーマに飛び込む場合も、自分の経験と交差する部分を探した方が、自分も充実するし、他人の役にも立てます。
今の職業に不満があるとしても、あなたはそうした職業を一度は選んだのですから、あなたの持っているある一面と共鳴するものがあったのでしょう。
- (4)自分にしかできないことは有利、どこでも誰でもできることは不利
理論研究や、公刊されたデータを使った計量分析は、日本中、あるいは世界中のどこでやっても条件は同じです。
学術論文(一次文献)には新奇性が要求されるのですから、誰かが1ヶ月前に同じ結果を発表してしまえば、あなたの業績は無価値になります。
そうしたテーマでは、十分な文献渉猟はひどく困難です。文献渉猟の不十分な論文は、修士論文として厳しい評価を受けます。
説得の技法
結論を際立たせるには、いろいろな技法があり、基本的なものは基礎学力をそれほど必要としません。
- (1)比較
- 変化前と変化後の数値を並べる。棒グラフを描いて比べる
- 構成比の変化なら、円グラフを並べる
- (2)類別
- 考えられるすべての条件の組み合わせを書く(=漏れなく数え上げる)
- 1次元、2次元の整理で漏れがないことを示す
- ネスティング=仮説を背反する形に整理する
- 背反する=一方の命題が正しければもう一方の命題は正しくない
- (3)相関と独立性
- 散布図を描く
- X軸の数値とY軸の数値の一方が高いともう一方が高い(低い)ことを示す
- クロス集計表を作る(2次元の表)
- ひとつひとつのデータは取れないが、売上高1000万円以上の企業が何%、などという集計データはあるとき、散布図の代わりに表を作る
図表にも文章と同じように、「何を言っているのかわからない」ものがあります。
図も文章と同じように、単純で明確なメッセージを持たせた方が説得力があります。ひとつの図に、多くのことを盛り込まないようにしましょう。
重要な関係を示す図表だけを示しましょう。多すぎる図表は、引き伸ばされた文章と同様に、読者を不愉快にします。
プレゼンテーション
最近の学会では、15~20分という短時間に論文の要点を話せと言われることが増えています。
- (1)論文の構成にこだわるな
- プレゼンテーションの順序と、論文の中での順序は異なってもかまいません。わかりやすさが最優先です。
- (2)結論を中心に据え、発表の前半に持ってくる。
- 発表が始まった瞬間から、聞き手は話し手の言いたいことの要点は何だろうか、と考えています。それを知らされるのが遅いと、聞き手は発表を聞き流します。
- (3)結論はOHP1枚(かつ5行以内)を目処とする。
- 学術集会の聞き手は、無理に書き伸ばした論文には飽き飽きしています。そうではないことを示しましょう。
- 時間が限られているときは、最も大切なことを確実に制限時間内に話せるように発表を組み立てます。
- (4)なぜそういう(強い)結論が導けたか、特殊な条件、特殊な仮定、特殊なデータの性質などがあれば説明する。
- 手品師集会で手品を披露した場合、観客は手品そのもののほかに、手品の種を知りたがるでしょう。
- この種の説明をするとき、そのテーマ・分野における常識に話し手がいかに明るいかが顕れます。常識との違いに絞って説明すると、最も簡潔に済むからです。
- (5)時間厳守。
- 自分で発表に慣れていないと思ったら、練習をしましょう。
- 長すぎる発表は、聞き手の質問の機会を奪っていますから、悪印象を与えます。