結局のところ、経済学は何の役に立つのか

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 経済論戦は面白いものですし、重要です。何が問題になっているのかわかる国民が増えると、うっかりしたことが言えなくなります。「以前の通りに」「言われた通りに」「自分の担当だけ」仕事をする人が減り、ひとつながりの問題全体を捉える人が増えると、片づく問題が増えます。ですから「いくらか」経済学を勉強して「いくらか」経済学を理解する意義というのは、あまり考え込むほどのことではなくて、確かにあると多くの人が考えるでしょう。

 しかし「自分のお金と時間をたくさん掛けて、例えば社会人大学院のような教育機関で学ぶことは、何の役に立つのか」となると、話は別です。厳密に言うと、「そんな高いコストに見合う、高いベネフィットとは何なのか」ということです。

 社会人の皆さんが日々悩んでいる問題に、経済学は答えをくれるか? ノーです。これは明確にノーです。大きく分けて、ふたつの理由があります。

 ひとつは、社会人の皆さんが「やっている」ことの中には、メンタルな自他の重圧処理が多く含まれているからです。例えば会社の社長をやっていた方が、従業員などに対する責任感で「もう夜も眠れなかった」とおっしゃいます。「責任を持つ」ことの心理的な重圧は、決断をする際に生じ、決断を変える際に生じ、決断を変えない際にも生じます。どんな決断をしようと、その重圧が消えるわけではありませんし、重圧が下がるわけでもありません。また、他人の(部下の、上司の)重圧を和らげることに、これは人と部署によりけりですが、仕事の大きな部分は割かれています。文句を聞き、感情の鋭鋒を和らげることは、特定の問題を解決することとは別に、明らかに必要ですし、行われています。お客様への対応も同様です。自分の外側からの関わりで生じる重圧は、自分の中で何をやったところで和らぐというものではありません。もちろんカウンセリングなど、外部の専門家と接触することで自分にかかった重圧をうまく処理できることはあるでしょうが、そうしたカウンセラーには仕事の細部はわからないでしょうし、経済の勉強がカウンセリングの代わりになるわけではありません。

 ふたつ目の理由は、「物事を簡単に信じないようにする」ことが科学的態度の基礎だからです。例え科学的に確かめられた事柄でも、自分では確かめもせずにその結論を連呼して、それを確かめたと称する特定の人の言うことを無条件に信じるようなことがあれば、およそ科学の力は損なわれてしまいます。「他に可能性はないのか」「他に説明はないのか」と常に疑い、「信じていいこと」と「まだ確かめられていないこと」を厳しく区別することが、どんな分野でも基礎的な研究態度です。

 経済学は答えをくれるどころか、問いを増やしてしまうのです。

 では、経済学を学ぶことは求道のための捨身なのか。そうでもないでしょう。

 むかし「光速エスパー」という番組がありました。ピンチになると「チカ」というロボットの鳥がぴょこんと肩の上に現れて、光速エスパーにいろいろと助言をします。光速エスパーはその言うことを聞くこともありましたし、あえてそれに逆らうこともありました。「チカ」は両親に成り代わった宇宙人が作ったもので、エスパーに対して親心からの助言をします。それを振り切って、自分が正しいと思うことをエスパーが押し通すこともあったのです。

 経済学などを学ぶことによって、皆さんの背中には「経済学君」や「経営学君」、その他大勢のロボット鳥がわらわらと現れて、「経済学からはこう見えます」「経営学からは」とがやがや助言するようになります。それらは目の前の状況に一致しないこともあり、相互に矛盾していることもあるでしょう。経済学君の言うことなどは特にワンパターンです。結局のところ、鳥たちは自分の知っていることを述べているだけで、あなたの仕事を本当にわかっているわけではないのです。彼らは助言者であり、支援者なのです。

 ただ、ひとつの仕事に打ち込んでいればいるほど、その人の視野は知らず知らず狭くなり、バランスの取れた整理ができなくなったり、自分の視野にない人の利害や幸せを無視していたりすることになるのです。鳥たちはそれを防いでくれます。皆さんの狭く深い知識を、鳥たちの広く浅いさえずりと組み合わせることは、皆さんのやっていることを相対化し、見えなかったものを見えるようにします。それによって、最初からそこにあった選択肢を皆さんが見つけることもあるでしょうし、隠れた利害関係者を見つけてシステムを修正し、バランスを改善することもあるでしょう。

 その限りで間接的に、皆さんのストレスが低くなることはあるかも知れません。「みんな同じなんだ」と知ることで人の気が楽になることは、確かにあります。この意味では、先生と一対一の関係になるよりも、つとめて他の大学院生さんたちとお話しされると良いでしょう。

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