論文の読み方

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2008年12月14日 (日) 03:57の版

2002年2月


目次

気構え

書くために読むということ

 仕事のマニュアルを作るとき、作者は自分が断片的に知っていることを、どう並べるか苦心することになります。論文を書くための論文の読み方もこれに似ていて、最終的に利用する部分や利用する姿を想像しながら読まないと、時間を有効に使うことが出来ません。

 他人の分析を利用する方法は、自分が何をどう書くかが決まって、そのあとに決まるものです。ですから、意地悪な言い方をすれば、書けなければ読めないし、読めなければ書けないのです。研究の進め方について考えをまとめながら読まないと、文献を読んだことを自分の論文に生かすことが出来ません。

 他人の業績を自分の言葉で短くまとめ直す練習をすることは、自分自身の考えをまとめる役にも立ちます。人の考え方と比べることで、自分の考えもはっきりします。


読むために読むのではない

 特定の論文を読んでレジュメを作るように言うとき、多くの教員は、「あなたの考えや疑問点も加えるように」と言い添えます。しかし現実には、これはなかなか守られません。

 論文で大事なのは、あなたの成果であって、他人の成果ではありません。他人の成果をまとめたサーベイ論文であっても、そのまとめ方に独自性が要求されます。ですから、他人の業績を忠実に紹介しただけでは、自分の論文を書く役には立ちません。いくら時間を使って、いくら難しい論文を読んでも、それを自分の枠組みに位置づけることが出来ないのであれば、その努力は(自分の論文を書くためには)無駄骨です。

 逆のことを言うようですが、読者はたいていの場合、あなたの書く文章にそれほど興味を持っている墲ッではありません。あなたの文章が読むに値するものだと説得するためには、すでに起こっている議論に加わる体裁を取るのが基本的な態度なわけです。

 論文を書くために論文を読むというのは、議論に加わるために論文を読むということです。相手の主張を理解しただけで、自分の主張がないのであれば、議論に加わったことになりません。  

オールインワンの本はない

 学部学生から講義の感想を受け付けると、「参考書を紹介して欲しい」という希望がまれに出ます。その講義には長い参考文献リストがついているのですが、その人が求めているのはどうやら、「1冊に何もかも書いてあって、その本の通りにやっていけばうまく行くような本」であったようです。

 大学院生にはさすがにそういう人は見受けません。勉強している人になると、「この言葉を説明している本はありませんか」とピンポイントで質問してきます。そうでないと紹介する側が困る、と知っているのです。もちろんその人の用事がそれで済むわけではなくて、それ以外の知識と組み合わせなければ使えるものではありません。

 いろいろな人の成果を適切に組み合わせるのは、結構難しいことです。そうした難しい問題を、質問の形で他人に丸投げしても、いい結果の生まれようがありません。

 文献を「渉猟する」という表現があります。漁って、苦しんで、人のやりたがらないことをやって、初めてそれが仕事になります。  

基礎知識はいつつくのか

 論文を読み始めたとき、「わからない言葉ばかりだ」と感じるはずです。みんなそうです。初めて外国へ行った時に似ています。一通りその国の言葉を習ったはずなのに、必要な表現を覚えていないことに突然気がつきます。

 論文を読むのをやめて学部レベルの教科書に戻っていくのは、ある程度必要ですが、落とし穴です。ビジネス英語ができるようになるまで、実際の仕事をしないで英会話学校に通うところを想像してください。いつまでたっても、「完璧な準備」などできるものではありません。

 本当に準備が足りないのであれば、学部や修士課程からやり直す必要があります。しかし、準備のない分野の文献をなぜ読む必要があるのか、あるいは読んだふりをしなければならないのか、その前に考えて下さい。自分の知っていることを中心にして論文を組み立てていくのが当然の態度ですし、そうであれば適切な出発点を定めて、特定のタイプの論文だけを集中的に読めばハードルは低くなります。足りないのは基礎知識ではなく、テーマの絞り込みかもしれません。

 多くの社会人は、自分の慣れている仕事については良く知っていますし、その仕事に出てくる特殊な用語には親しんでいます。論文もそれと同じで、特定分野の論文に出てくる難しい言葉は、他の論文でも頻出するのです。我慢して、いくつか論文を読んでいきましょう。  

気構え編の練習問題
(1) あなたの興味のある論文(10ページ以上あるもの)を読み、5行以内(1行は最大80字)で、あなたの論文に使うことを意識して内容をまとめてください。
(2)まとめたものを見直してください。取り出したものに、以下のものは含まれていますか。
論文の結論が含まれていますか。含まれていないとしたら、それが役に立ちそうに見えなかったということですが、それはなぜでしょう。
結論ではないとしても、その論文で主張されている命題(真偽を判定できる文章)が含まれていますか。
計算・推定された数字が含まれていますか。


もしいずれも含まれていないとしたら、その論文はあなたの役に立ちそうですか。
(3)論文を読んで、あなたの考えが変わった点や、明確になった点を書いて下さい。それは必ずしも、論文の結論とは関係ないかもしれません。そうした点が見つからない場合、この論文がどういう点であなたの期待を裏切ったか書いて下さい。
(4)論文中でわからなかった言葉、概念などを書いて下さい。
気構え編の目当て
「書くために読む」態度・感覚を身につける。
「役に立ちそうなところを探しながら読む」態度・感覚を身につける。
「基礎知識が足りない」ことを必要以上に恐れなくなる。同時に、読む文献を絞り込む必要性を理解する。


上手な読み方

モデルを活用する

 独創性の高い論文をほめる表現に「seminal paper」というのがあります。様々な現実に基本的なモデルを当てはめるというのは、特に目の前の現実からテーマを選んだ社会人大学院生の場合、既存文献の使い方として自然でしょう。

 しかし基本的な理論モデルのほとんどは、研究者の間では何年も前から知られています。単にそれを現実問題に当てはめ、変数に目新しい名前をつけただけでは、多くの場合ニ績になりません。数学的にほんの少し変えただけ、というモデルも多くの場合フルタイムの、世界中の大学院生が掘りつくしています。

 社会人の利点を生かすためにお勧めしたいのは、これらのモデルが置いている前提の妥当性を、現実と照らし合わせて検討する、という読み方です。現実の具体的な理解に基づいて理論モデルを修正できれば、それが数学的にわずかな修正であっても、オリジナリティを主張することは単なる思い付きよりずっと容易です。


実証や推定を活用する

 他の文献から実証結果・推定結果などを抜き出してくる場合も、理論の場合と同様に、その著者が特定の目的を持って、特定の仮定を置いた上で実証を行っていることに注意する必要があります。

 ここでも、最終的に論文のどこをどう引用すべきかは、自分の検討する命題が固まっていく過程で、ようやくはっきりしてきます。ある命題を指示する結果と、否定する結果をそれぞれ探して抜き出すことになるでしょう。

 いずれにせよ、自分の論文の中で文献を紹介しようと思ったら、たいていの場合、自分の分析との差がどこにあるかを説明しなければなりません。特に、ある命題を肯定する結果と否定する結果が存在するとき、なぜ結果が分かれたかを考えなければなりません。推定式の形や本数、変数の選び方、データのカバーする時期などにより結果は異なってくることがあります。

 あるいは、例えば論文のタイトルは似通っていても、実際に扱っているデータやモデルはまったく関連がない、ということもありえます。

技法を軸に読む

 社会人大学院生のテーマは、たいていの場合、大学院で扱うテーマとしてはデータ不足であったり、最新のトピックスなために公的な統計が整っていなかったりします。

 むしろ、そうでなければ困る、とすら言えます。誰でも手に入る統計は、アカデミックポストへの就職を目指してフルタイムで研究している大学院生も使うことができます。彼らは一般に若く、優秀で、研究がうまく行くかどうかに人生がかかっています。彼らと正面から競争することを避け、社会人なりの強みを生かす研究をしなければ、新奇性を主張できる成果を挙げることはできません。

 フルタイムの大学院生や大学教員がチームを組んで行うような、大掛かりな統計分析の技法を学んでも、社会人大学院生がそれを生かした研究成果を示すことは困難です。逆に言えば、「整わないデータをどのように生かして、説得力のある結論を最大限に引き出すか」が問題です。

 発展途上国の公的統計は、一般的に言って未整備のことが多いので、こうした統計を扱った論文は、先進国経済を扱う論文では見たこともないような統計処理を含んでいることがよくあります。難しい論文を参照文献に含めることは悪いことではありませんが、実際に自分の分析に役立つのは、比較的簡単な論文であることも多いのです。

文脈に沿って読む

 ひとつのトピックスを追いかける論文群が、互いに参照しあっていることはよくあります。共同で一冊の本を書いているようなものです。こうした研究の「流れ」のことをコンテクスト(文脈)といいます。

 文脈に沿って何本かをまとめて読むと、結論や主張の違いがわかりやすく、その文脈に関する基礎知識を手早く身につけることが出来ます。

 自分の論文にとって関係の深い、重要な参照文献は、その文脈全体を理解しておく必要があります。説明の上手下手にはかなり個人差がありますし、そもそも学術文献は読者にある程度の基礎知識があることを前提として書くので、文脈全体がわかっていないと、誤解したまま自分の論文を書いてしまったりする危険があります。

サーベイ論文を読む

 ある一定の文脈に沿った文献を整理し比較検討する論文をサーベイ論文といいます。楽なように思われがちですが、単純に内容を理解して並べただけでは比較にも整理にもならないので、きちんとしたサーベイ論文を書くにはスキルが要ります。

 サーベイ論文は基礎知識を持った読者を想定した学術論文であって、教科書ではありません。しかし論文を分類し、成果を比較する方法を学び、関連論文を探す出発点を得るためには、非常に役に立ちます。

上手な読み方編の練習問題
理論モデルを含む論文を読み、そのモデルの置いている仮定を抜き出し、その妥当性について意見を述べてください。例えば、どういう場合には妥当で、どういう場合にはそうでないか考えてください。
その作業によって、あなたが新たに気がついた点、考え(理解)が変わった点を挙げてください。
実証結果を含む論文を読み、5行以内(1行は最大80字)で、あなたの論文に使うことを意識して実証結果をまとめてください。
ある文脈に属する2本の論文を読み、「片方の論文の内容を紹介し、もう片方の論文との違いを説明する」レジュメを作ってください。レジュメはB4版1枚に収まるようにしてください。
上手な読み方編の目当て
自分の言葉で、短く文献を紹介できるようになる。
複数の論文を比較することに慣れる。
「引用するとかっこいいから引用する」「名前は挙げたがどう紹介していいかわからない」レベルを脱し、自分の論文に役に立つ、しかし歪曲のない文献参照ができるようになる。


探索・活用

読み方のスピードアップ

 根を詰めて、メモをとりながら丁寧に読む場合、誰でもそうすいすいと論文を読み進むことは出来ません。

 肝心なのは自分の論文を書くことなので、すべての論文に時間をかけているわけには行きません。まずアブストラクト(要約)を読んで、自分が扱っている問題との関連性を判断し、関連が深いものや、知らないこと(ただし、読めば理解できそうなこと)が書いてありそうなものを時間をかけて読む、という上手な時間管理が必要です。

 大事なのは、自分の論文の中での文献の使い道を考えながら読むことです。自分の研究にとって大切な論文、とくに自分の研究を比較する相手になる論文は、時間をかけて読みこなさなければなりません。研究史のうえで大切な基本文献ではあっても、目の前にある自分の研究との関連が薄ければ、大要を知っていればよいでしょう。知らないことを知っているように書くことは、学術論文ではタブーです。

読まなくてよい論文を見切る

 自分の論文に利用できそうにない文献は、アブストラクトを読んだ時点で、後回しにすることになります。

 ある程度特定の文脈に慣れてくると、「意外なこと、知らなかったことがひとつも書かれていない論文」に出会うようになります。形式としては論文の形をしているけれども、よく知られている結果をちょっと変えただけであったり、自分の考えを述べるばかりで判断の根拠が薄かったりする文章です。慣れてくるとこうした論文は、アブストラクトを読み、論文全体の構成をざっと見れば、振るい分けられるようになります。

 何を言っているのかわからない論文、というのもあります。こういう論文は、アブストラクトを読んでも結論が読み取れません。

 アブストラクトを読んでも、振るい落としていいかどうか判断に迷うときは、論文の最初と最後を読みます。最初には分析の目的(何を明らかにするか)、最後近くには結論(何が明らかになったか)が書いてあるはずです。ここを読んで言っていることの見当がつかなければ、たぶん中身を全部読んでも引用できる部分は見つからないでしょう。

 言い換えれば、自分がそういう論文を書くと誰もまじめに読んでくれない、ということでもあるのですが。

何が言いたいのか想像する

 この著者はこういうことが言いたいんじゃないか、と仮説を持って読めるようになると、格段に読むスピードが上がります。予想通りのことが書いてある部分は軽く読み飛ばし、予想に反する部分を見つけたら注意深く読む、というメリハリがつくせいだと思います。

コピーの洪水をつくるな

 とりあえずコピーする。読む気力がないので放っておくうちに次の論文を指示されて、またコピーする。そのうちコピーがたまって、どこになにがあるのかわからなくなる。誰でも一度は通る道です。

 読まなくて良い論文は、コピーしても仕方がない論文でもあるわけです。私は学生の頃、よくノートを図書館の書庫に持ち込んで、その場でアブストラクトだけを読んでメモを取り、これはと思う論文だけをコピーするようにしていました。コピーにはお金だけでなく、意外に時間がかかります。

 統計数字であっても、分量によっては、書写したほうが早い場合もあります。図書館によっては、館内にコンピュータを持ち込めるスペースがある場合もありますから、こうした場所で直接打ち込んでしまうのもひとつの手です。もっとも、学問的良心を満足させる程度には、入力内容をよく確認しなければなりませんが。

 コピーは何らかの単純な、単一のルールで管理するようにします。肝心なときに出てこない論文は、持っていないのと同じです。

 教員の特権を使って逐次刊行物や統計資料を研究室に持ち帰り、そのまま抱え込む人は、残念ながら時々見かけます。あるべきものがあるべき場所にないとしたら、作業が滞ってしまいます。私がそういう同僚を見つけたときは、わざと廊下で呼び止め、階段を通る学生に十分聞こえる程度の音量で、穏やかに返還を求めることにしています。

引用の作法

 代表的な引用の方法は、分野によって異なっています。どれかひとつの方法を覚えて、統一するようにします。

 もし引用に必要な情報が失われたら、現物を持っていても、論文の中で正しく引用することが出来ません。雑誌名、刊行年、巻号がもし論文の現物に書かれていないときは、論文のコピーに忘れずに書いておくようにします。単行本であれば、著者、出版社、刊行年を書いておきます。

 現物をコピーせず、要所のみをメモに抜き書きしたときは、上記のデータに加えて、必ず該当箇所のページ数を控えておくようにしましょう。

 逆に言えば、充実した図書館が近くにある場合、研究ノート等で雑誌論文を表すときは、著者名、雑誌の略号、年号の3つのデータだけを書いておけば、必要になったとき現物を探しに行けばよいわけです。論文の中で他人の文献を参照するときは著者と刊行年(あるいは自分の参考文献に振った通し番号)のみを書くのが標準的な作法ですが、掲載雑誌が抜けているとしばしば所在がわからなくなり、探すことが二度手間になります。研究の途中では雑誌名も書いておきましょう。

 どこからどこまでが引用で、どこからが自分の成果や意見であるかは、明確にしておきましょう。ついこの点をあいまいにして、他人の文章の権威を借りたくなるものですが、この点がしっかり区別できないことは、論文審査の合格・不合格を左右するほど重大な欠点なのです。

論文の探し方

 イモヅル式に参考文献をたどること、サーベイ論文を読んでまとめて論文のありかを知ることはすでに取り上げました。

 これはと思う論文を研究会に持ち寄り、輪番でレジュメを作って発表することは、互いの時間を節約することにつながります。研究者は互いの研究成果を手っ取り早く知るために学会や研究会で発表を聞き、発表をします。

 分野によっては、データベースが役に立ちます。また、電子ジャーナルは紙媒体の学術雑誌とは比べ物にならないほど検索が容易で、検索結果も保存しやすくなっています。

探索・活用編の練習問題
論文のアブストラクトだけを読んで、この論文には何が書いてあるのか想像し、それらについて話し合ってください。ついで短時間(最初と最後くらいしか読む暇のない程度の時間)論文を読んで、もう一度話し合ってください。
同じ文脈に属する論文を読んだ直後に、同様の事を行ってみてください。内容の見当がつけやすいことを感じられたでしょうか。
内容について検討した論文を、架空の論文の中で紹介することを想定し、紹介文を書いて下さい。あわせて、参照文献一覧にその論文をどう載せるか、文案を作ってください。
さいたまキャンパスの調査資料室などで、自分で論文を見つけ、コピーして来る練習をしてください。
探索・活用編のめあて
正しい形式で引用が出来るようになる。
引用に必要なデータが何であるか理解し、それを蓄積できるようになる。
関連論文を自分で探せるようになる。
個人用ツール