被災地需要ハンドブック

出典: Hnami.net

目次

被災地需要ハンドブック

はじめに

 東日本大震災の被災地に一番足りないのは、どんなモノでもありません。カネです。一番小さな推計値でも15兆円の資産が失われ、職がないまま多くの人々が苦しい日々を過ごしています。そうした人々が日々に生み出す機会損失が損失としてどんどん積み上がっています。日本赤十字社などが5月18日までに集めた義捐金は少なくとも1966億円に達しますが、2ケタ足りません。

 にもかかわらず、ここではモノの話をします。何もかも2ケタ足りないので、被災地ではみんなが必死です。わかっていても何かが足らずにできないこと。知っていても人々の気持ちを逆なでするので言えないこと。ここはそうした現場から離れた場所です。

 この状況で、知の力はちっぽけなものです。学者に時間を取られた南相馬市長が怒るのは当然です。しかし、ないよりあったほうがいい知識は、やはりあります。100円のお金を何に使ったらよいか、100円玉を握りしめて誰かが考えている瞬間はあるはずです。そこにはケンカはありません。気付かなかったことに気づいたり、目の前で起こっていることの理由が分かったりすることで、100円を少しだけ有効に使えるかもしれません。他の人の持っている100円を有効に使う方法を気付かせてあげれば、少しだけケンカが減るかもしれません。

 被災地で人々が何を欲しがるか。それはどこで手に入るか。どんな問題が起こりうるか。代わりのものはないのか。そういったことをここに描いて行こうと思います。

 そしてすべては歴史になります。残酷なことでもありますし、救いでもあります。新しい生活の中で、覚えていられることはほんのわずかです。歴史を思い返すために使える時間もわずかです。このコンテンツは未来に向けたタイムカプセルですが、あまり大きくない方がいいと思っています。その中で、後世の人が考えるためのヒント、いやそれよりも、願わくば、気付くためのヒントがここにあればいいなと思います。

 このコンテンツが経済学の知見と言えるのか、私には自信がありません。どっちかというと、既存の学問のどれにもぴったり当てはまらないものだと思います。しかし誰かがこれをまとめた方がいいし、被災地で自分自身の立場を持って活動している人たちよりも、そこから離れた場所にいる、私のような学者がやった方がいいだろうと思います。

食料品

 避難生活者の食生活について、日本栄養士会がいろいろな資料を用意しています

 避難所などで配られる食糧は、災害救助法に基づいて都道府県が中心になって調達するものです。炊き出しや寄付と言った善意の申し出によって、法律で決められた以上の食べ物が提供されることもありますが、厚生省が告示し厚生労働省が改正を続けている「災害救助法による救助の程度、方法及び期間並びに実費弁償の基準」により、国と都道府県の予算で調達されるものは1日当たり1010円という予算が決まっています。その範囲内で、まずおにぎりなどの非常食が配られ、炊き出し(現地での調理)から典型的には弁当配達に置き換わって食材の多様性が確保され、流通機構が回復するに従って被災者が自分で好きなものを足して行くという経路が想定できます。

 主食が行き渡ると、米なら漬物類、パンならジャムと言った付け合わせの希望が出て来て、さらに状況がよくなると副食や調味料の希望も出て来ることは阪神淡路大震災の記録にもあります。逆に言うと、急場のことでついついパンだけ配ってしまうことはままあるようです。

 東日本大震災では、広範囲に物流の回復が遅れたことに加え、電気・水道・ガスなどの途絶で飲食店・一般商店ともに営業が長期間不可能になり、品目の少ない食糧配給しか提供できない時期が、多くの地域で長く続きました。

野菜

 第二次大戦期の日本兵士の回想には、乾燥野菜がよく出てきます。切干大根などもそうですが、特に乾燥ひじきを水で戻したものがよく触れられています。「それしかおかずがなかった」といった話が多く、栄養状態としてはもちろん論外なのですが、それはここでの本題とは関係ありません。乾燥させた豆類も重量・体積を最小限にでき、伝統的な保存野菜といってもいいでしょう。

 注意すべき点がふたつあります。軍隊でこれらが使われるのは、人手と器材が十分にあるからです。数百人分のひじきを戻すには、相当な容量の鍋かボウルが必要でしょう。極端に言えば、被災者がおかずを欲しがったとしても、調理のめどが立たないものを送っても仕方ありません。被災者の中でも元気な人は自宅の片付けなどの用事があるわけですから、案外避難所で配食に使える人手が限られ、おにぎりに味噌汁を添えて出すのが精いっぱいというケースもあったようです。

 もうひとつは、乾燥野菜とおさらばした食生活がもう一般的になっていて、デリカ惣菜などとしてけっこう口には入っていても、自分たちで調理するには違和感を覚える世代が広がっていることです。

 被災地はしばしば停電していますし、少なくとも避難所の冷蔵設備なんか整ってはいないでしょう。常温保存できる野菜類としては漬物の他に缶詰があります。ホワイトアスパラガス、ホールトマトは開けてから切る(またはミキサーなどにかける)のが前提ですから、それだけの人手と調理施設があるか考える必要があります。カットトマトやスイートコーンは極端に言えばそのままでも食べられます。巨大な業務用缶詰も売られています。

 名古屋市消費生活センターが平成18年度に行った「野菜系飲料」のテスト結果は話題になりましたが、野菜飲料に含まれるビタミンCが少ないことがその中で指摘されています。逆にビタミンCだけを多く含む飲料や飴は多く市販されていますから、摂れもしない野菜のことを考えるより、主食・タンパク源・保存性野菜・ビタミンCといった構成要素で食事を組み立てるのが実際的かもしれません。


(食料品の項続く)


関連するコンテンツ: 災害支援と義捐金

個人用ツール