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ミクロ経済学入門・ミクロ経済学 自習ガイド

 たいていの分野において、教科書や参考書には大きく分けてふたつのタイプがある。分厚くてくどいものと、薄くて「明快」で歯切れの良いものである。筆者が伝えたいことだけを書くようにすれば、どんな文章でも短くなる。しかし自習している最中にふとささいな疑問が浮かんだとき、枝葉をすべて刈り込んだ本では疑問を解くことが出来ない。

 以前のミクロ経済学(にあたる科目)では、分厚い教科書の代表であるスティグリッツ『ミクロ経済学』(東洋経済新報社)を採用していた。この教科書は簡単ではないことをさも簡単なように省略して、要所要所を押さえてさらりと書かれている。自分の速度で読みこなし、時間をかけて勉強するのに適した本である。ただし実に鮮やかに説明してある反面、読んだ瞬間には納得しているものの自分で噛み砕く部分がなさ過ぎ、わかっているつもりでわかっておらず、テストをしてみるとシカバネ累々という学年が続けざまに出た。

 現在では、井堀利宏『入門ミクロ経済学』を使っている。これはどう説明していいか困るほど普通の教科書で、基本事項を昔ながらの方法で並べ、解説している。代表的・典型的な問題が解答つきで載っている。世間へ出て行って「ミクロ経済学を勉強した」と言っても、販売予測がぱっとできるとか期待する雇い主はいないだろう。しかしいくつかの基本的な考え方や言葉が身についていないと、やはり経済学部卒業生としては立場がないであろう。そういうちょっと後ろ向きな観点から、これを選んでみた。

 現在は昼間のミクロ経済学特講を並河が担当しないが、担当していたころは武隈慎一『ミクロ経済学』(新世社)を採用していた。これはどちらかというと薄い本だが、ミクロ経済学入門であらかじめ基本概念は学習済みであることを考えて選んだ。この本にはもうひとつ重要な特徴がある。伝統的なミクロ経済学の教科書は消費財の種類や生産要素の種類をn種類として、nが2でも3でも4でも成り立つ一般的な解を求めるのが普通だが、これによって数学的なレベルがぐんと上がってしまう。武隈先生の教科書はn=2のときに絞って解説してある個所が大半で、これによって行列やベクトルがあまり得意でない学生もなんとかついていける(といいなあと思う)。

 2007年度夜間のミクロ経済学特講は、かつてはちょっと応用的な、むかしの流通経済論・取引慣行論で扱った内容も部分的に含みつつ、ミクロ経済学で『説明できること』『説明できないこと』の境界にある事柄を少しずつ取り上げた。また、講義ノートの各章末に参考文献を掲げた。

 ただし、どちらかというと理屈っぽい構成だったためか、受講者が少なかった。2009年開講分は別の内容を予定している。

 スティグリッツの教科書にもついてゆけないと感じる場合、グラフの多い薄い本を読めばいいかというと、私はそうは思わない。経済学で使うグラフは数式の内容を言い換えたもので、グラフになったら簡単になるというものではない。内容を減らさずに式をグラフに置き換えたものは、式の並んだ本と同じくらい、じつは難しいのではないかと私は考えている。まあいちおうそういったオーソドックスな教科書を列挙しておくと、奥野正寛『ミクロ経済学入門』(日経文庫)や岩田規久男『ゼミナール ミクロ経済学入門』(日本経済新聞社)などがこのクラスに当たる。

 ミクロ経済学の訓練を受けた人が現実を見て言うことは、ほとんどが機会費用、サンクコスト、限界概念といったいくつかの基本的なアイデアの応用である。この点について最もうまく書かれているのは、やはりスティグリッツの『入門経済学』(東洋経済新報社)である。日本人の書いたこの種の本は少ないが、思い切ってくだけた本を挙げるとすれば、中谷巌『痛快!経済学』(集英社インターナショナル)や伊藤元重『経済の読み方 予測の仕方』(講談社)はどうであろう。こうした応用例を読んでから普通の教科書に戻ると、多少わかりよいかもしれない。「こういうことが書いてあるんじゃないだろうか」という見当があると、例えそれが結局間違っていても、白紙の状態で臨むよりはるかに頭に入りやすいものである。

 資格試験や公務員試験のためにミクロ経済学の勉強をするのであれば、教科書をあれこれ選ぶよりも、ともかく問題を解くことを考えたほうが良いだろう。指針としては、例題の解説が長い本を選ぶと良い。例えば同じ著者が書いた武隈慎一『演習ミクロ経済学』(新世社)や、西村和雄『入門経済学ゼミナール』(実教出版)などはこうした体裁で、答案の作り方がわかる。

 特定の資格試験にあわせた書籍も多数出版されている。こうした書籍を選ぶポイントは、解答の説明が長く丁寧であること。「要点はここだけ」などという部分は、わかっている人にだけ役に立つ。わかっている自信のない人は、もっと長く丁寧に説明された教科書を使うとよい。もちろん真剣に資格試験に取り組むなら、両方のタイプを何冊も買う羽目になるのが普通だと思う。

 大学教員を目指して大学院に入った人が最初に読む(その次は学術論文そのものを読むので教科書はないし、書籍を読むとしてもそれは教科書ではなく研究書である)クラスの本としては、奥野正寛・鈴村興太郎『ミクロ経済学I・II』(岩波書店)や西村和雄『ミクロ経済学』(東洋経済新報社)を挙げておこう。西村和雄『ミクロ経済学入門』(岩波書店)はこれらよりわずかに易しく、同じ著者の『経済数学早わかり』(日本評論社)の内容を取り入れて数学の初学者に配慮している。

 以前「空想科学読本」という本が話題になったころ、知人のフリーライターが「いろいろな学問をビジュアル化してエッセンスだけ伝える企画があるんですが、経済学はビジュアル化可能ですか」と尋ねるので「可能です」と答えた。「何分くらい必要ですか」と言うので「最低、90分掛ける15巻」と答えたら、もういいと言われた。

 大企業で年間売上高が1兆円を超えるものは珍しくない。それほど大きな業界ではなくても、数千億円の年間売上高に達するものも多い。それらについてものを言うことは、数万人の雇用、家族を含め数十万人の生活についてものを言うことである。経済学とはそうした学問である。身近なものから興味を刺激されることは大切だが、手っ取り早く威勢のいい結論に飛びついたり、現実の例を知ることが理論的な理解の代わりになると考えたりする学生を見るたびに、私は刃物をもてあそぶ幼児を見るような気持ちになる。

ゲーム理論 自習ガイド

 ミクロ経済学の応用的な部分にはゲーム理論の成果が多く応用されている。ゲーム理論について断片的な記述を目にする機会も増えてきたので、ゲーム理論について時間を取って自習しようとする人のために、いくつか書籍を挙げておこう。

 ゲーム理論は1970年代から1980年代にかけて飛躍的な発展があったので、あまり古い本はお勧めできない。とにかく一冊薄いものを、というのであれば、武藤滋夫『経済学入門シリーズ・ゲーム理論入門』(日経文庫)は最新のトピックスにも対応していてお勧めである。

 クレプスという学者を指導教官にしていた他大学の先生が、「彼の文体はchattingなんです」と評するのを聞いたことがある。D.M.クレプス『ゲーム理論と経済学』(東洋経済新報社)を読むと確かにそう思う。この饒舌なスタイルが合う人には良い本であろう。

 エリック・ラスムセン『ゲームと情報の経済分析I・II』(九州大学出版会)は直観的な説明と豊かで具体的な応用例が優れている。ポール・ミルグロム+ジム・ロバーツ『組織の経済学』(NTT出版)はゲーム理論の本ではないが、それを踏まえた応用例で満たされている。

 時間をかけて読むための構成のきっちりした教科書としては、R.ギボンズ『経済学のためのゲーム理論入門』(創文社)がある。


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Last-modified: 2008-12-20 (土) 00:39:22 (5597d)